私の幼少期~思春期【人格形成】

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私は比較的真面目な性格で、頑固者、人には優しいと思いますし、人に尽くすのが好きです。

そして争いごとが大嫌いです。怒るという感情が今もよくわからず、喧嘩になることなんかめったにありません。

幼少期ですが、私はとても甘やかされていました。

欲しいものは基本的に買ってもらえるような、わりと裕福な家庭環境だったと思います。

ですが母親はとても私のしつけに関しては厳しく、

なにかある度に頭やほっぺを叩かれていました。

家から外に出されてしばらく家にはいれないこともありました。

押し入れに閉じ込められて、真っ暗な中で過ごしたこともありました。

母親いわく、【母はわたしを若くして産んだからまわりの目を気にして厳しくしていた。】

と、後悔しているようですが私は普通だと思っていました。

小学校低学年くらいまでは、友達の前でも平気で叩かれていました。

母親が手をあげたり、追い出したりすることを辞めたのは1つ理由があったみたいで、

叩く真似で手を上げた時、私が頭を抱えて低くうずくまったんですね。

そんな私を見た母親は、ふと辞めよう。と思ったそうです。

私は常に母親の機嫌を伺い、隠れるようにして過ごしていました。

ですが、褒められると嬉しくて毎日毎日同じお手伝いを繰り返していました。

うつ病になりやすい性格??にあげた人格形成の記事にあてはまる部分もあるかと思います。

保育園や幼稚園ですが、私は3歳から保育園4歳から幼稚園へ行っていました。

保育園でも幼稚園でも、卒園するまで、私は常に仲間外れにされていました。

鬼ごっこをすればみんな私だけを追いかけてくるし、かくれんぼをして私だけ見つけてくれないなんてこともざらにありました。

小学生になるとすぐ友達ができましたが、すぐに仲間外れにされました。

友達はお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる中、私は一人っ子でしたのでみんなより付き合いが下手だったのかもしれません。

お兄ちゃんやお姉ちゃんのように威張ったり、自分が立場的に上に立つ、仕切るような感覚も考えもなかった為、友達の機嫌を損ねるとすぐに仲間外れ。

ことあるごとに仲間外れにされ、昨日まで一緒に遊んでたのに、「もうしばらく筆者とは遊ばない」なんてよく言われたものです。

小学校3年生から5年生まではそういう事もなく、いじめられない方法として、騒がしい活発な友達の中に入って遊んでいました。

私は運動神経が良くて学年で一番足も速かったので、体育の時間や運動会、休み時間はずっと活躍していました。

小学6年生の2学期頃からまた仲間外れにされるようになりました。

理由は簡単、みんなから嫌われていて、少し避けられているようなその子いました。私はその子と仲良くしていたのですが、ある日突然その子が避けている子全員に対し激怒しました。

すると避けている子達の中の1人が、なにを思ったのか「筆者が避けろって言ったから」と私を悪者にしたてあげて、まわりも同調したようです。

そこからは仲間外れというより「イジメ」が始まりました。

学校に行くと全員私を無視。教科書やノートは隠され、すれ違う度に「死ね」「きもっ」「帰れ」と言われます。

3学期に入り、まだ私は同じ状況でした。親には言いませんでした。バレたくありませんでした。

そんな時に先生に突然多目的室へ呼ばれました。担任の先生と二人っきりです。

同じクラスの女の子数名が、私がいじめられている。と密告したようでした。助けたいけど男子が怖い、私たちもいじめられる。

その女子たちに感謝しかありませんでした。

私は先生にいじめの内容を話しながら涙が止まりませんでした。

感情が爆発したように泣きました。大丈夫だ。と思っていたのに実は限界だったんだと思います。

その日の内に親も学校に呼ばれ、母から「そんなしんどい思いして学校なんて行かなくていい」と私はその日から卒業式まで登校拒否となりました。

卒業式では終始泣いていました。なんの涙なのか自分でも全くわかりませんがただ止まりませんでした。

中学生になり、同じ小学校出身の子とは距離がありましたが別の小学校から来た子達とすぐに仲良くなれました。

地域の少年野球チームに入っていたのですが、そのチームの子がほとんど隣の地区の小学校の子だったのでラッキーでした。

中学1年生の頃はそれでも仲間外れはありましたが標的が1週間ほどで変わっていく謎のサイクルでした。小学校の頃に比べると大したことはないので私は平然としてみんな同じように接して標的にされた時にはおとなしくしていました。

中学2年生になると2か月間ひたすら無視をされ続けたこともありました。

理由は、同じグループの男友達がある女の子の気にしている部分を大声でいじっていました。もうそれはいじめだと私は判断し、男友達に激怒しました。

すると男友達から無視されるわけです。

『あいつは俺らより女の味方だぜ、マジきもいよなwwなんのアピール?死ねってww』みたいな(笑)

中学3年生の時は毎日が楽しく、高校生になると私は野球校へ進学します。

そこで監督の暴力や対応に我慢できなくなります。ある日腰が痛くて下半身がしびれて力が入らなくなり、病院へ行かせてもらいましたヘルニアの手前だと言われました。身体が出来上がっていない時に負担をかけすぎとのことでした。

翌日から練習中は怪我人メニュー。その最中に監督に腰を蹴られ続け、辞めることを決心しました。

先輩にも結構やられました。肩パン、ケツキックは当たりまえ、タックルのサンドバック代わりになったり、馬乗りで顔を殴られ、顔面にかかと落としをくらって気絶したこともあります。

辞めたいと親に相談するも、頑張りなさいの1点張り。耐えきれない私は家出をして1年ほど帰りませんでした。

16歳まではざっくりこんな幼少期から思春期を過ごしました。人間を信用するという部分に欠け、頼ったりすることができなくなりました。人は常にいつ裏切るかわからないと思って生きていますし、だから常に警戒心を張っています。

人の機嫌を伺うのは上手になりました。でも本音で話し合うことなんて出来ません。本音で言いたい事が本音なのかもわからないです。

私は優しいと言われますが、優しくありません。あなたに諦めただけです。

私は人格形成というのは幼少期だけでなく、思春期も大いに関係していると思います。

でも実は特別に信用している人が3人だけいます。この人たちは私の宝です。こんな人の前では飾らない自分が時々出てきます。

いつか絶対に現れます。

人格形成の時期が終わったからと諦めてはいけません。時間がたって変わる環境や出会いによってなりたい自分になっていけます。

ゆっくり待ちましょう。

okaki

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